私は、生まれたときから、かなり体質的に弱い、病気がちな子供でした。
それと関係するのかしないのか、「おばあちゃん子」になっていました。
ですが、結構カンが鋭いほうで、砂場などで土いじりをしたりなどしながら「どうしてこうなるんだろ
う?」なんていうような、大人ぶったことを考えていました。
別に悪い意味とは自分は思っていないのですが、結構おませさんだったようです。
私が知る限りでは、自分の将来というのは早いうちに決まった方が多いですが、私も砂場で遊びながら、
「将来は科学者になるんだ!」なんて言って、笑われていました。―別に笑う必要はないのですが。
たいした問題ではないのですが、私の実家は、世界に誇れる科学者の一人、中谷宇吉郎先生の生まれ故
郷でもあります。
でも、個性が強い、つまり、変わった子だったからでしょうか、なんとなく、いじめられてばかりだっ
た記憶があります。
そういえば、みんなが鬼ごっこなどをしているとき、自分だけ一人になって、「実験」らしきことをし
ていました。
ほとんど生まれたときから、私は、「自然って、どういうものなんだろう」ということを考えたり「調
べたり(?)」するのが、一番の遊びになっていました。
・・・書いていながら、思います。変わった子だったんですね、私は。
ただ、お世辞だかなんだか知りませんが「この子は頭がいいわねえ」と、近所の人に言われていました。
・・・いや、照れくさいというか、私の実家のそば特有の、いい加減なほめ言葉だったと思います。
教訓:小さいときの「遊び」は、非常に大切なものです。そのときでも、大人になってからでも、どちらでも。
小さいときに、一番大切なのは、驚かれる方もいらっしゃるかもしれませんが、何しろ「遊び」なのです。
しつけも、それ以外の教育も、本当に小さいときに教えることが大切です。大きくなってからそんなこと
をしようとしても、誰でも反抗するだけで、やらないものです。
幼児期といわれる、小学校へ入るくらいまでは、「情操教育」と呼ばれるものがとても大切です。
国語や算数などより、もっと感覚的な、たとえば絵本などで学ぶようなことが、非常に大切なのです。
当然、育児に健康管理は不可欠です。成長期に、ほとんどの病気になるかならないかが決まるといわれて
いるくらい、大切なものです。